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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2574号 判決

控訴人 中信電機株式会社

右代表者代表取締役 田口利治

右訴訟代理人弁護士 平山正剛

同 香取重吉

被控訴人 新井洋二郎

被控訴人 志村義正

被控訴人 黒沢昭

右被控訴人ら三名訴訟代理人弁護士 伊多波トシ

主文

1  原判決を取消す。

2  被控訴人新井洋二郎は控訴人に対し金四五万四、五九五円を支払え。

3  被控訴人志村義正は控訴人に対し金一〇万七、七九八円を支払え。

4  被控訴人黒沢昭は控訴人に対し金二三万九、四四六円を支払え。

5  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一申立

控訴人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

第二主張

一、控訴人請求原因

(一)  訴外エルカ工業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、昭和四〇年一一月一〇日(1)被控訴人新井洋二郎に対し金六〇万円を、昭和四一年四月以降完済まで毎月二五日限り金一万五、〇〇〇円宛返済する約で、(2)同志村義正に対し金二五万円を、昭和四一年四月以降完済まで毎月二五日限り金一万円宛返済する約で、(3)同黒沢昭に対し金四〇万円を、昭和四一年四月以降完済まで毎月二五日限り金一万円宛返済する約で、各貸与した。

(二)  東京地方裁判所は、昭和四三年六月一一日、控訴人の申請により、東京法務局所属公証人久保田春寿作成昭和四三年第一、九七六号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づく強制執行として、訴外会社の被控訴人新井洋二郎に対する前記貸金債権に対し金七五万四、五九五円について債権差押および転付命令(同裁判所昭和四三年(ル)第二、九四一号)を発し、同命令は、同月一二日被控訴人新井洋二郎に、同月一三日訴外会社に、それぞれ送達された。

(三)  同裁判所は、同月一一日、控訴人の申請により、同公証人作成昭和四三年第一、九七四号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づく強制執行として、訴外会社の被控訴人志村義正に対する前記貸金債権のうち金一〇万七、七九八円について債権差押および転付命令(同裁判所昭和四三年(ル)第二、九四〇号)を発し、同命令は同月一三日被控訴人志村義正に、同月一四日訴外会社に、それぞれ送達された。

(四)  同裁判所は、同月一一日、控訴人の申請により、同公証人作成昭和四三年第一、九七七号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づく強制執行として、訴外会社の被控訴人黒沢昭に対する前記貸金債権のうち金二三万九、四四六円について債権差押および転付命令を発し、同命令は、同月一二日被控訴人黒沢昭に、同月一三日訴外会社に、それぞれ送達された。

(五)  よって、控訴人は、(1)被控訴人新井洋二郎に対し金七五万四、五九五円のうち金六〇万円の範囲内である金四五万四、五九五円(2)同志村義正に対し金一〇万七、七九八円(3)同黒沢昭に対し金二三万九、四四六円の支払を求める。

(六)  被控訴人らが訴外会社の取締役であった事実は認める。しかしながら、商法第二六五条は、会社と取締役との間の取引について会社の利益を保護するための規定であり、取締役の利益を保護するためのものではない。したがって、本件において、消費貸借契約により現実に金銭を受領した取締役である被控訴人らが、取締役会の承認のないことを理由に、消費貸借契約の無効を主張して貸金の返還請求を拒絶することは許されない。

仮に右主張が認められないとしても、被控訴人らに対する貸金については、訴外会社の取締役会の承認があった。すなわち、訴外会社代表取締役丹部路也は、訴外会社について増資をし、新株発行に際し、取締役であった被控訴人らに訴外会社から資金を貸与してその一部を引受けさせようと考え、そのために昭和四〇年一〇月二五日取締役会を開くこととし、その約半月前に竹津渙二を除く全取締役に口頭で招集通知をした。竹津渙二に対しては、その代理人である志村義正に対してした。昭和四〇年一〇月二五日訴外会社の取締役会が開かれ、竹津渙二を除く取締役全員が出席し、右取締役会の開催に同意し、増資の決議および訴外会社が前記のとおり被控訴人らに資金を貸付けることを承認する決議がなされた。

取締役竹津渙二に対する右取締役会の招集通知は、同人から全権を委任され印鑑もあずかっていた同人の代理人志村義正に適法になされたのであるが、仮にこの点について瑕疵があったとしても、その瑕疵は決議の結果に影響を及ぼさない特段の事情があった。もともと竹津渙二は、訴外会社の取締役に就任したときから、単に名目的に取締役に名を連ねているにすぎず、取締役志村義正が同人から全権を委任されてすべての事務を処理していたものであり、したがって、仮に竹津渙二が出席したとしても決議に影響がなかったと認められる。しかして、株式会社の取締役会の開催にあたり、一部の取締役に対する招集通知を欠いた場合でも、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特段の事情があるときは、決議は有効と解すべきことは、最高裁判所の判例とするところである(昭和四四年一二月二日第三小法廷判決・民集二三巻一二号二、三九六頁)。

二、被控訴人らの答弁、抗弁

(一)  控訴人主張(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)から(四)までの事実のうち、訴外会社が被控訴人らに対して控訴人主張のような債権を有していた点は否認し、その余の事実は認める。

(三)  仮に控訴人主張の各消費貸借契約が成立したとしても、被控訴人らは当時訴外会社の取締役であったから、商法第二六五条により取締役会の承認を受けなければならないのに、これを受けていないから、右各消費貸借契約は無効である。もし訴外会社の代表取締役丹部路也が会社より取締役が金銭の貸付を受けるには取締役会の承認が必要であることを知っており、取締役会の承認を求めたとするならば、当日の取締役会議事録(乙第三号証の三)にその旨の記載がある筈であるが、右議事録にはかかる承認についての記載がない。

しかも、当日の取締役会の招集通知は、取締役の一人である竹津渙二に対してなされていない。訴外会社は、実質上丹部社長のワンマン経営で、その意味では竹津渙二だけでなく、他の取締役も竹津同様名目的な取締役であった。名目的取締役のゆえをもって取締役会の招集通知が不要であるとすれば、丹部以外の取締役にはすべて招集通知がいらないことになる。取締役志村義正は、給料台帳に押捺するため全従業員の三文判(会社が購入)を保管していたのであって、かかる事実があったからといって、志村に対する取締役会の招集通知が、竹津に対する招集通知の効果を持つものとはいえない。

三、証拠≪省略≫

理由

一、控訴人主張(二)から(四)までの事実は、訴外会社が被控訴人らに対して控訴人主張のような債権を有していた点を除いて、当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。

訴外会社には、被控訴人ら三名と、訴外丹部路也、同竹津渙二の五名の取締役がいた。このうち被控訴人ら三名および代表取締役の丹部路也は常勤であったが、竹津渙二は非常勤で、以前には取締役会を開くときは出席していたが、その後他の会社へ勤めるようになってからは取締役会にも出席せず、取締役としての職務は実際上行なわず、会社の運営は他の取締役に一任し、全く名目上の取締役となっていた。代表取締役丹部は、官庁の請負の指名資格を得るため、訴外会社の資本金を従来の一〇〇万円から四〇〇万円に増資しようと考え、昭和四〇年一〇月二五日竹津を除く取締役全員すなわち被控訴人ら三名に直ちに取締役会を開く旨の口頭の招集通知をし、竹津には通知をしなかった。そして、同日丹部および被控訴人ら三名が出席した取締役会において丹部は、訴外会社の資本金を一〇〇万円から四〇〇万円に増資し、そのため新株三、〇〇〇株を発行し、発行する新株はすべて一株一、〇〇〇円の額面株式とし、払込期日を昭和四〇年一一月一〇日とする旨の議案を付議し、全員一致で右提案どおり可決された。ついで丹部は、被控訴人らに対し右新株を分担して引受けることを求め、被控訴人らにその資金がなかったため、訴外会社から被控訴人らにその引受ける新株の払込金額に相当する金額を貸与することとし、訴外会社は払込期日である昭和四〇年一一月一〇日に、被控訴人新井に対し、引受株六〇〇株の払込資金六〇万円を、昭和四一年四月以降完済まで毎月二五日限り金一万五、〇〇〇円宛給料から差引き支払う約で、被控訴人志村に対し、引受株二五〇株の払込資金二五万円を、昭和四一年四月以降完済まで毎月二五日限り金一万円宛給料から差引き支払う約で、被控訴人黒沢に対し、引受株四〇〇株の払込資金四〇万円を、昭和四一年四月以降完済まで毎月二五日限り金一万円宛給料から差引き支払う約で各貸与する契約が成立し、借受人である取締役以外の取締役は、それぞれ訴外会社、当該取締役間の各貸借について承認をする決議をした。丹部は、右取締役会の決議および訴外会社、取締役間の契約に基づき、同年一一月一〇日訴外会社の当座預金のうちから、新株払込取扱銀行の訴外城南信用金庫赤坂支店に対し、被控訴人新井名義で金六〇万円、同志村名義で金二五万円、同黒沢名義で金四〇万円を、それぞれ被控訴人らの引受新株の払込金として払込み、被控訴人らは、それぞれ引受けた新株の株主となった。その後、右借受金の返済として、訴外会社から受領する賃金のうちから、被控訴人新井は、昭和四一年四月から同年七月まで毎月金一万五、〇〇〇円宛、同年八、九月の両月金五、〇〇〇円宛差引かれ、同志村は、昭和四一年四月から同年一〇月まで毎月一万円宛差引かれ、同黒沢は、昭和四一年四月から同年一一月まで毎月一万円宛および昭和四二年一月に金一万円を差引かれたのであるが、被控訴人らは右差引についてなんらの異議も述べなかった。

以上の事実が認められるのであって、≪証拠省略≫中、右認定に反する部分はにわかに措信し難い。なお、乙第三号証の三(取締役会議事録)には、右貸借承認決議についての記載がないが、当審証人丹部路也の証言によれば、これは、同人が経理士に相談したところ、会社と取締役間の貸借について、取締役会の承認が必要であるが、右承認を議事録に記載する必要はないという返事を得たので、議事録に記載することを省略したためであると認められ、右認定を覆す資料とすることはできない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、前記認定事実によれば、訴外会社の昭和四〇年一〇月二五日の取締役会開催にあたり、取締役の一人である竹津渙二に対する招集通知をせず、同人欠席のまま決議がなされているが、竹津は名前だけの取締役で、訴外会社の業務に干与せず、取締役会にも出席せず、会社の運営を他の取締役に一任していた点からすると、同人が右取締役会に出席してもなお決議の結果に影響を及ぼさない特段の事情があったと認めるのを相当とするから、右取締役会でなされた増資の決議および貸借の承認の決議は、ともに有効であると解すべきである(最高裁判所第三小法廷昭和四四年一二月二日判決・民集二三巻一二号二、三九六頁参照)。

三、そうすると、被控訴人新井に対し金四五万四、五九五円、同志村に対し金一〇万七、七九八円、同黒沢に対し金二三万九、四四六円の支払を求める控訴人の本訴請求は、いずれも貸金残の範囲内であり、かつ、その弁済期が到来していることが明らかであるから、正当として認容すべきであり、これと異なる原判決を取消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩野徹 裁判官 川添萬夫 中島一郎)

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